アイアン・シーク
The Iron Sheik

プロフィール

身長:196cm
体重:118kg
出身地:イラン テヘラン
得意技:キャメル・クラッチ
獲得王座:WWE王座、世界タッグ王座
デビュー:1979年

アイアン・シークは1983年のクリスマス翌日にマディソン・スクエア・ガーデンでボブ・バックランドを倒し、 WWE王者となった。この勝利はバックランドがギブアップを拒んだため、 マネージャーのアーノルド・スカーランドがタオルを投げ入れた結果であり、物議を醸すものだった。
アイアン・シークは1984年1月23日にハリウッド・ホーガンとの今も非常に人気の高い試合で敗れ、 わずか1ケ月で王座を失ってしまった。アイアン・シークは敗れたものの、 ハリウッド・ホーガンのキャリアを急浮上させた名勝負を戦い、 この結果、プロレスが初めて大きな注目を浴びるようになった。
イラン人で元アマチュア・レスラーのアイアン・シークはスープレックスの達人だったが、強烈なキャメル・クラッチで最もよく知られていた。 WWE王座を失った後、アイアン・シークはサージェント・スローターとレスリング史上最も民族主義的な抗争を繰り広げた。 スローターはマディソン・スクエア・ガーデンで行われた有名なブート・キャンプ・マッチでアイアン・シークに勝利した。
その直後、アイアン・シークはタッグ部門に移り、ニコライ・ヴォルコフとタッグを組んだ。 この外国人タッグは1985年のレッスルマニアでUSエクスプレスを倒し、世界タッグ王座を奪取した。
アイアン・シークは1988年にWWEを去り、1989年にはわずかな間WCWに登場した。 彼は1991年にWWEに再登場し、元宿敵のサージェント・スローターと組んで、 カーネル・ムスタファとして活躍し、1997年にはサルタンのマネージャーとしても再登場を果たした。 彼が最後に登場したのはレッスルマニア17で行われたギミック・バトルロイヤルで、 この試合ではサージェント・スローターとの抗争を再燃させながらも見事に勝利した。

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