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スティング
Sting

プロフィール

身長:185cm
体重:113kg
出身地:カリフォルニア州 ベニス・ビーチ
得意技:スコーピオン・デスロック、スティンガー・スプラッシュ、スコーピオン・デスドロップ
獲得王座:WCW世界王者、US王者、WCWタッグ王者、WCW TV王座
キャリア:2016年WWE殿堂入り

「WCWの看板スーパースター」と呼ばれたスティングは、スポーツ・エンターテインメントの世界で最も認められている1人だ。
その卓越した活躍ぶりで、1980年代から2001年まで隆盛を誇ったWCWにおいては、スティングの存在そのものが屋台骨となった。

1985年、ボディビルダーとして活動していたスティングは、パワー・チームUSAに誘われてプロレスリング界入りした。チーム内で知り合ったアルティメット・ウォリアーとのコンビで全米を転戦して下積みを経験した後、ビル・ワッツが主宰するユニバーサル・レスリング・フェデレーション(UWF)を活躍の場に選んだ。
ブレード・ランナーズの名でミッドサウス地区を席巻した2人はソロへ転向、ウォリアーはWWEへ入団、スティングはUWFで活躍した。

ジム・クロケットがビル・ワッツからUWFを買収してWCWへと改名した後もスティングはスター性を発揮、全米ケーブルTV網を介して知名度を高めていった。1987年3月に開催されたクラッシュ・オブ・ザ・チャンピオンズでは初めてメイン戦出場を果たし、リック・フレアーとNWA世界王座を懸けて対戦、45分を闘い抜いて引き分けへと持ち込んだ。そしてグレート・アメリカン・バッシュ1990でついにフレアー超えを倒して世界王座を獲得、フォー・フォースメンへ加入した。

1990年代はWCWの主役として活躍、ベイダー、リック・ルード、レックス・ルーガーらをライバルに闘いながらWCW世界ヘビー級王座、US王座、WCWタッグ王座を獲得、看板スターとして君臨し続けた。1996年にnWoが登場、侵攻を開始した後もWCWへの忠誠心は失わず、バットを手にnWoに対抗し続け、スターケード1997でWCW世界王座を勝ち取ってnWoの勢いをくじいた。
通算6回のWCW世界王座獲得を果たしたが2001年3月にWWEがWCWを買収、マンデー・ナイトロの最終回でフレアーと最後の試合を行ってWCWの歴史に幕を下ろした。

その13年後の2014年に開催されたサバイバー・シリーズの会場に現れたスティングは、権力側からドルフ・ジグラーを救出してトリプルHに挑戦状を叩きつけた。両者はレッスルマニア31で対決、試合では敗れたが業界に新たな歴史を残した。2015年のサマースラムでは当時のWWE世界王者セス・ロリンズに挑戦、王座獲得は逸したが、30年の経験でロリンズをギリギリまで追い込んだ。

そして今年、スティングはWWE殿堂入りしてその名を永遠に残すことになる。

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