ステータス
| 名前 | フォン・エリック家 |
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バイオグラフィー
父と息子達。父は偉大なる功績を残した有名なスーパースターになった。6人の息子のうち5人が父の残した足跡をたどり、四角いリングで戦う道を選んだ。そして2009年、レスリング界の誇る偉大なる一家、フォン・エリック家が、WWEホール・オブ・フェイムの仲間入りを果たす。
家長であるフリッツ・フォン・エリックは、1960から70年代にレスリング界のトップレスラーとして一世を風靡した。リング内での堂々とした佇まい、パワフルかつ誰もが認める決め技"アイアン・クロー"でいち早くファンの心を虜にした。フリッツはまた、アメリカ国内で人気を博したのと同じ道をたどるかのように、日本に活躍の場を移してもトップレスラーとして認知されるようになった。
最終的にリング内でのキャリアに終止符を打ったフリッツは、プロモーターとしてレスリング界の発展に携わる。1982年、ダラスを中心としたビッグ・タイム・レスリングを受け継ぐと、セカイ・クラス・チャンピオンシップ・レスリング(WCCW)と名称変更。その後はご存じのとおり。この団体は、全米の中でも屈指の尊敬を集める団体へと成長した。ファビュラス・フリーバーズ、ジェイク"ザ・スネーク"ロバーツ、ポール・ベアラー(当時はパーシー・プリングル)、そしてサンアントニオ出身の若きルーキー、ショーン・マイケルズらが、WCCWの出身者として名を連ねる。
だが、WCCWで傑出していたのは、ケビン、デイビッド、ケリーのフォン・エリック3兄弟だった。ケビンとデイビッドはWCCW時代のキャリアが最高で、フォン・エリック3兄弟の中で最も成功を収めたのはケリーだとされる。1984年、NWA世界ヘビー級王座戦でリック・フレアーを倒したケリーは、1990年夏に"テキサス・トルネード"としてWWEで戦い始め、1990年のサマースラムでは、ミスター・パーフェクトからインターコンチネンタル王座を奪って見せた。フォン・エリック兄弟の若い方の2人、マイクとクリスもレスラーとなった。
フリッツは1997年に他界。デイビッド、ケリー、マイク、クリスも姿を消し、残されたフォン・エリック兄弟はケビン1人となってしまった。言うまでもなく、レスリング界で最も名声ある家族の一つ、フォン・エリック家のホール・オブ・フェイム入りが決まった今、ケビンの頭上には一家の笑顔が降り注いでいる。







