ステータス
| 名前 | テッド・デビアス |
|---|---|
| 出身地 | フロリダ州パームビーチ |
| 得意技 | ミリオンダラー・ドリーム |
| キャリア・ハイライト | ミリオンダラー王座、世界タッグチーム王座 |
| 師匠 | ドリー・ファンクJr.、テリー・ファンク |
バイオグラフィー
WWEが誇る歴史の中で最も論議を呼ぶキャラクターの1つといえば、間違いなく"ミリオンダラー・マン"テッド・デビアスの名が挙がるだろう。
四角いリングで培ったデビアスのキャリアは、約40年にも及ぶ。1987年に、"人は金で動く"との謳い文句をひっさげて、きらびやかなミリオンダラー・マンとして一躍スターの座に躍り出た。誰であろうが、何であろうが、いつだろうが、どこだろうが、デビアスは常に我が道を貫いた。
WWEが誇る偉人の仲間入りするのも金で解決できると言い続けてきたミリオンダラー・マンだが、リングの中でも傑出した才能を持っていた。誰もが恐れた"ミリオンダラー・ドリーム"という関節技に代表されるような凄腕レベルのテクニックを見せつけた。
1988年2月、デビアスはハルク・ホーガンからWWE王座を"勝ち"取る。だが、実際にホーガンを倒したのはアンドレ・ザ・ジャイアントで、直後にアンドレがミリオンダラー・マンに王座を譲渡したのだった。WWEオフィシャルはこの不正を認めず、王座を空位として、レッスルマニア4で王座決定トーナメントを開催した。トーナメントに参加したデビアスは決勝戦まで勝ち進んだが、"マッチョマン"ランディ・サベージの前に敗れ、王座を手に入れることはできなかった。
デビアスのキャリアの中で一風変わっていることと言えば、ミリオンダラー王座を公開したことだろう。美しいダイヤモンドがちりばめられたベルトは自分で勝手に創った物で、自らの偉大さを誇示するために常に持ち歩いていた。
デビアスのようにパワフルなスーパースターは常に誰かに狙われているもので、WWE史上に輝く数々の同盟を作り上げた。1990年のサバイバー・シリーズで、謎のスペシャル・パートナーとしてアンダーテイカーをWWEファンの前に初めて連れ出したのもデビアスだった。1992年にはアーウィン・R・シャイスターとタッグチームを組み、かの有名はマネー・インクが誕生。1994年には、悪名高きミリオンダラー・コーポレーションを立ち上げ、嵐のようにWWEを席巻した。1995年に弟分としてかわいがったリングマスターは、後にホール・オブ・フェイマーとなる"ストーンコールド"スティーブ・オースチンに成長した。
ミリオンダラー・マンの高い影響力は今もなお続いている。息子テッド・デビアスがマンデーナイトRawのトップコンテンダーの1人に成長したばかりではなく、ミリオンダラー・マン自身もゲストホストとして姿を現し、物議を醸すエピソードを生み出した。
ミリオンダラー・マンことテッド・デビアスは、常に人生を最大限に楽しんできた。そして、今なお、屈指の個性の強さでWWEファンの記憶に止まっている。リング内での貢献を認めたがらない人達は、これだけは覚えておいた方がいい。「人は金次第だ!」






