ステータス
| 名前 | ボブ・ウェッカー |
|---|---|
| 出身地 | ウィスコンシン州ミルウォーキー |
| 得意技 | |
| キャリア・ハイライト | 1964年ワールドシリーズ優勝 |
| 師匠 |
バイオグラフィー
ボブ・ウェッカーがメジャーリーグで築いたキャリアは、野球の殿堂クーパーズタウンにはほど遠い物かもしれないが、3月27日、伝説のスポーツキャスターであり、それほど有名ではない元野球選手は、WWEホール・オブ・フェイム入りを果たす。
ミスター・ベースボールとして愛されるウェッカーは、1962年にミルウォーキー・ブレーブスでキャッチャーとしてキャリアをスタートさせた。ウィスコンシン州出身のウェッカーは、プロ野球選手としての成績についてはいつも控えめに話す。「一度マイナーリーグのMVPに選ばれたことがあるが、残念ながら、それまでに2年もメジャーでプレーした経験があったんだ」と大笑いしたこともある。そうは言いながら、実はディフェンスの名手で1964年にセントルイス・カージナルスがワールドシリーズ優勝を果たした際に大きく貢献した。
それでも、ミスター・ベースボールが得た最大の成功は、スパイクを脱いだ後にやってきた。素早いウィットとドライなユーモア・センスを持つウェッカーは、1971年にミルウォーキー・ブルワーズのラジオ実況アナウンサーとなる。現在でも、この仕事は続けたままだ。その愛すべきキャラは多くのファンの心をつかみ、深夜トーク番組「The Tonight Show」のホストを務めたジョニー・カーソンは、ウェッカーを50回以上もゲストとして招待した。こういった露出のおかげで、ABCの人気ドラマ「Mr. Belvedere」や名作映画「メジャーリーグ」に出演するなど、俳優としても活躍するようになった。
だが、ウェッカーがWWEでの居場所を獲得したのは、史上に残る2つの大PPVイベントで記憶に残るパフォーマンスを見せたからだ。レッスルマニア3で、元フィラデルフィア・フィリーズでプレーしたウェッカーはスペシャル・ゲストアナとして、WWE王者ハルク・ホーガンとアンドレ・ザ・ジャイアントが戦った世紀の一戦に姿を現した。この試合は、当時最大の組み合わせとして、今でも史上に燦然と輝く。
その1年後、レッスルマニア4では、再びジャイアントと顔を合わせることになる。トランプ・プラザのバックステージでアンドレにインタビューしていたミスター・ベースボールは、約250kgの巨体を誇るアンドレに対し、荒々しい口の利き方をしたため、結局はチョークを喰らうことになってしまった。世界8番目の不思議がウェッカーの首を絞める様子は、1980年代のWWEを代表するイメージとなった。
こういった記憶に残る瞬間を生み出したウェッカーは、何百万人というスポーツ・ファンの心に刻まれ、WWEホール・オブ・フェイムにふさわしい居場所を得ることとなった。






